2012年12月24日月曜日

Merry Christmas ~鈴の音を感じて!

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Merry Christmas

世の中はクリスマスですね!


クリスマスの楽しみはケーキだけなのですが・・・(笑)


今日、なにげに浮かんだ言葉が「鈴」なのです!(笑)

クリスマスだからでしょうか?(笑) 


人間は古代、狩りをする時代から、また神様を拝む時も、鈴を使いそれらを合図や交信手段として

使われていたようで、精神世界の中でもこれらが多く使われている例として、教会や神社には、

鈴や鐘が多く見られます。(英語では鈴も鐘もbell=同じ呼び名)



これらから考えると、鈴や鐘は神様への祈りや交信のために使われることが多く、「つながり」を

意味しているのだと思うのです。

日本でいう巫女が神楽舞を舞うときに持つ神楽鈴や、キリスト教で使われる振り香炉にも鈴が

使われていて、どちらもその鈴の音と共に、心を神様に向ける行いとして使われています。



また、クリスマスソングの中にも鈴の音色がたくさん使われていたりしますが、人は鈴や鐘を聞き

心の中に聖なるものを感じ神様とのつながりを感じるのではないでしょうか?(笑)



宇宙とのつながりは必然的に人間が感じ取るもので、それらをつなげるものとしての役割が、

鈴や鐘といったものなのです。


鈴の音や、鐘の音を聞いて嫌な気分になる人はいないと思います。


街には、クリスマスソングと共に鈴の音が鳴り響いていますから!(笑)

それが終われば、除夜の鐘や神社での参拝にと鈴や鐘の音を耳にする機会があると思います。


それらの視点を少し変えて、神様とのつながりの鈴と考えると、不思議な感覚を覚えるかも

しれません。何も感じなくても、つながりはおきているので大丈夫です。


是非、少し視点を変えて、鈴の音と鐘の音を聞いてみてくださいね!(笑)


そうすれば、何か良いことが・・・起こるかも~知れませんから!(笑)








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※ そういえば、このブログで現在使用している曲にも鐘が鳴り響いています。

  なぜか冬の寒い時期には、鐘の音がよく似合います!(笑)


  クリスマスの夜に、そんなことを感じた1日でした!(笑)








2012年12月21日金曜日

魂レベルでの感覚~冬至の日

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今日は冬至


1年で一番昼が短く夜が長い日で、西洋占星術では太陽が山羊座に入り、そこから新たに始まる

日とされています。これは古来から天(太陽・月)を見て、それに従う風習があるとされて来たこと

の表れでもあるかのようです。


人間の本来は、それらの自然に逆らうことなく生きていくという使命があり、現代の私達が少し

忘れてしまっている感覚を思い起こすのにも良い日かもしれません。



人には思考能力とは別に、本来の魂の能力と言うものがあります。魂レベルで物事を感じたり

判断する能力なのですが、ある意味、直感や本能と言ったものは、魂レベルで感じることも多く

それらは本来誰でもが持っている能力なのです。



その魂レベルで感じることのひとつに、何となく感じる不吉な感覚だったり、逆に何か今日は良い

ことが起こりそうといった感覚を、誰もが感じたことがあると思います。

それらが魂レベルでの感覚なのです。



私も最近、自分のそんな不思議な感覚から自分の父方のルーツを調べてみたくなり、市役所の

ホームページを調べて取り寄せる方法を伺い、ある程度のところまで調べることが出来ました。



江戸時代ぐらいまで調べられるので、父方の先祖の生まれた土地などが分かり、今までに知らな

かった先祖の名前などが分かってきたので、とても不思議、そして何故か分からない懐かしさの

ような感覚が私に起こりました。それと同時にその時代の風景が思い描ける感覚です。


これは、血筋から来るものと、それはまさしく、魂のレベルで感じる感覚だと思うのです。

不思議なことに、調べついた場所は、最近、その土地のお米を購入していたり、私が今住む

氏神様と同じ名を持つ、お城跡が近くにあったりと、とても不思議な感覚を味わっています。


それらを調べようと思ったことも、魂のレベルで感じ、私の本来の使命を見極めるために、

今現在の私に大きく影響をしていることは間違いないことのようです。



マヤ文明で世界が終わるとされていた、この2012年12月を向かえ、新たな説とともに変化を

遂げつつある地球に、新たな風が吹き始める今日の冬至の日、魂レベルで感じるためにも、

瞑想をするのも良いでしょう。自分の心の声を聞くにはとても良い日です。


誰もが忘れかけている感覚と、自分の本当の魂の声を聞いてみてはいかがでしょうか?(笑)


きっと自分が今、生きている、生かされている答えを見つけられるかも知れませんから!(笑)










 
 
 
 
 
 
 
 
 
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2012年12月15日土曜日

天使の羽?~無邪気な心!

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世間は選挙ムードの中、私の頭の中は「天使の羽」というキーワードでいっぱいなのです(笑)

だいぶ前に書いたブログで、白い綿毛を見た話はしたと思うのですが、その時にも白い羽がどこか

らともなく空間にひらひら舞い落ちてくる瞬間を見たのですが・・・。

もしかしたらその白い綿毛も「白い羽」の代わりだったのかと考えるなんとなくつじつまが合います。


昨日は、出先で不意に後ろから男の人の声が耳に入ったのですが・・・びっくりしたのはホテルの

名前を言っていたのですが、そこのホテルは、私が結婚式を挙げたホテルでした(笑)


それは、ごくありふれた出来事と捕らえられるのですが、そのホテルとの関わりは20数年無く

そんなに有名ではないホテルなので、そうそう名前を聞くことは無かったのでびっくりしたのです。



不意にそのことが気になり、そのホテルのホームページを覗いてみると、そこにはまさしく

天使の羽のような白い羽がモチーフされていて、またびっくりしたのです。(笑)

20数年前とは打って変わった志向になっていて・・・・(またまたびっくりです(笑))


この白い天使の羽とも取れるものが、何を意味することなのか今は、まだ分かりません。

でもきっとこの意味は、私に何かを告げようとしているのかもしれません。



人には、本来の直感を受け取れるような、伝達能力を受け取れるものを持っています。

それは直感であったり、何かの画像で受け取れたり、人によっては音楽や音で受け取れたり、

またある人は、においであったりと受け取れる方法はさまざまにあります。


それは人間である誰でもが持ち備えている能力なのですが、雑念や猜疑心が邪魔をして、

それらを鈍らせてしまっていて、大人になると、ぼやけた感覚としてしか、分からなくなって

きてしまうのです。


子供のころは、何も邪念が無いため、疑うことも無く、すんなりとそれらを受け入れられる能力

として、言葉に表現できたりするのです。



子供に戻りたい・・・(笑) なんて言うのはちょっとお門違いですが・・・(笑)


大人になってからも、それらを受け取る方法はいくらでもあるのです。

ちょっとした気持ちの持ちようだったり、見方を変える方法で、それは可能なのです。


まぁ~子供の無邪気さを取り戻せれば一番良いのでしょうが!(笑)


クリスマスも近いことですし・・・無邪気にサンタさんにお願いでもしてみますか?(笑)


.                    ~そんな気持ちが大切だということです!(笑)







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                           ※伝達能力を受け取れるもの=導きのメッセージ









2012年12月13日木曜日

       輝け!星達よりも~与えられた時間

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今日は新月
 
 
 
 
 
冬の夜空に輝く星たちは幾万年の時を経て輝き
 
 
そのほんの少しの時間を生きている私たち
 
 
時間と空間を生きている星たちは何を想い
 
 
私たちにその輝きを届けているのか
 
 
 
そんなことを誰が知るだろう
 
 
 
 
 
輝きは幾通りにも変わりながらも私たちに届けられ
 
 
そこに生きている私たちの人生はほんの少しの短い時間
 
 
地球にいるちっぽけな私たちが何をして生きられるのか
 
 
 
それはひとりひとりに与えられた使命を歩む道かもしれない
 
 
 
 
 
見通せない未来も
 
 
不安な心の中ででも
 
 
 
悩んでなんかいられない!
 
 
迷ってなんかいられない!
 
 
 
 
 
ほんの短い時間の中で何ができるのか
 
 
何かを見つけることはできるのか
 
 
 
 
 
与えられた命の時間をどんな形で残せるのかなど
 
 
誰も分からないのだから・・・
 
 
 
 
 
 
それでも今を一生懸命生きることができるならば
 
 
きっとそこには幾万年の時を経た星の輝きよりも
 
 
ずっとずっとすばらしいものになるはずだから
 
 
 
 
 
負けない自分と新たなる未来を見つめ
 
 
この時を生きねばならない
 
 
 
 
 
誰もが宇宙からの贈り物なのだから!
 
 
 
 
輝け!~自分の短い時間にすべてを賭けて!
 
 
 
 
 
生きていく・・・本当の意味をかみしめて!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
~ ポエム  榊 瑠璃 ~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※ この世に生まれてきた本当の意味を噛みしめてほしい。
 
そんな願いから・・・自分で命を絶つおろかさを知ってほしいのです。
 
生きたくても生きられない命もあることを知ってほしいのです。