2012年2月3日金曜日

落ちこぼれ~大人の責任

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子供の落ちこぼれなんて、本当は誰もいないのだと思います。

落ちこぼれにしているのは、私たち大人で、子供の気持ちを分かろうとしない大人だと思うのです。

落ちこぼれという言葉を使うこと自体が、間違っていて、子供と向き合おうとしない大人達が

本当は、問題ありなのではないでしょうか?



子供にもれっきとした人格があり、それを無理やり型にはめようとする大人、もちろん道徳的なこと

も間違って認識している大人が多い今の世の中、それを子供たちに間違った道に進むなと唱える

こと自体に違和感を感じます。

それに反発する子供は、みな落ちこぼれになるという考えが、どうも頂けません。


子供は大人の姿を見て成長していきます。その大人が、子供をほったらかしにしたり、子供の前で

夫婦喧嘩が絶えないとか、勉強ができない子供がほおって置かれ、いじめがあっても見て見ぬふ

り、悪い方に進みそうな子供は仕方ないとすぐにあきらめてしまう大人、子供はもっと自分の存在を

分かってほしいとSOSを出していること自体に気がつかない大人達がいるのです。


そんな態度の大人に嫌気がさして、子供が悪い方に流されても、決してとがめることなど

出来ないと思うのです。

こんなことを言っている私は、決して偉くもなく、どちらかというと落ちこぼれと言えるような生活

態度をしていた学生時代、早くに大人の世界を知ってしまったために、大人という世界の嫌な面

を知り、嫌になったこともしばしば、そりゃ!鍛えられました(笑)


しかし、そんな経験から、大人の勝手で子供たちを振り回したり、偏見を持つことの無いように

しようと思ったのです。



子供は、さみしがり屋な子が多いのです。


1人という人間として見てほしい半面、さみしいことも悲しいことも、大人以上に大きなことで、

それをしっかり私たち大人が、分かってあげなくてはいけないのではないでしょうか?



落ちこぼれにしてしまっているのは、私たち大人ではないのでしょうか?








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2012年2月1日水曜日

スピリチュアルの世界~瑠璃 流

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スピリチュアル カウンセラーてどういうことを言うの?と聞かれます。

私の中にあるスピリチュアルという意味は、この現世界で立証できない世界とでも言いましょうか、

まさしく見えない世界で、感覚で感じる世界。幽霊が見えるとか、霊魂が見えるとか、そう言う事

ではなく、見えないものを感じる世界です。

本来、幽霊が見えるとか、霊魂が見えるという次元では、わりと低次元の感覚で、見えなくても

感じる能力の方が高次元とされています。

一般的には、感受性が強い人が、比較的そういう体質の方が多いように感じます。



私もその1人で、感受性が強く、見えない世界との感覚的メッセージを察知することが多く、幽霊を

みてメッセージを聞くと言ったことではありませんが、その人の周りにあるオーラからいろいろな

ものを感じ取ることができたり、場所や物からも、感じ取ることができます。


見えないものをどう感じるのかは、言葉では言い表すことが出来ないのですが、私の場合は

どちらかというと、未来的なメッセージを読み取ることが多いようです。



これは非結核性抗酸菌症という病気にかかってからの方が、逆に感性が鋭くなってきていて、

病気を抱えている・・・という事で、どうこう、ということは全くないと考えています。



非結核性抗酸菌症にかかる、だいぶ前の話ですが、こんなことがありました。


友達から相談を受けて、父親が亡くなった時のお話を聞いている時、彼女はしきりに自分のせいで

父が無念にも亡くなった気がすると言っていて、病院から「また明日来るね・・」と言って立ち去った

事をすごく後悔していて、ずっと付いていれば良かったというのです。

彼女が帰って直ぐに父親が亡くなり、看取ることができなかった無念が彼女をそんな風に悔やまれ

た気持ちを持つようになったのだと思います。しかし毎日仏壇に手を合わせている彼女。

そんな話を聞いていた時、ふっとそのお父さんが、彼女の後ろに立たれていると感じたのです。


もちろん見えることはありません。そして私の口をついて出たのは、「全然気にすることは無いよ!」

お父さんは幸せで行かれたようだよ!」あまり悔やんでいるから、その方がお父さんが気になり

行かれなくなりそう・・・。「心配しないで!幸せだったみたいだから・・・おとうさん!」

「毎日病院にお見舞いに来てくれてありがとう・・・と言っているみたい。」「お父さん本当に幸せ

だったみたいよ!」「看取れなかったんじゃなくて、見られたくなかったみたいよ・・・お父さん。」

「きっと最後に、あなたの悲しむ顔を見て、行きたくなかったみたい・・・。」

「じゃまた明日来るね!」と笑ったあなたの顔をみてほっとしたみたい・・・。

彼女は「本当にそうなら、良いのだけど・・・」という。

私は「大丈夫!」とずっと言い続けていました。



そんな会話をしていると、彼女は何だか、肩の力が抜けて行くみたい・・・と言っていました。

それはまさしく、逆に心配していたお父様が彼女から離れて行く感覚のようでした。


もちろん彼女をいつも、見守っていてくれるでしょう。しかし後悔している彼女を、心配した父親が

逆に行けなくなってしまっている現象だったようです。

ほっとした彼女はしきりに泣いていて、ありがとうと言っては、また泣いていましたが・・・。

おとうさんも、ほっと安心されたことでしょう。


しかし、この後私が感じたのは、お父さんではなく、先に亡くなっている彼女のお母さんが、

しっかり彼女をいつも見守ってくれているのでは・・・という感覚でした。

それを彼女に話すと・・・そうかもしれない・・・と納得のようでした。


この時、実は私の方が、びっくりしてしまいました。なんであんなことが言えたのだろう・・・と。



そんな見えない世界を感じることができる私は、実は、これは皆人間なら全ての人が感じることが

出来ることだとずっと思っていました。


しかしある時、この感覚は、皆が持っているのではないと分かったのです。



そして、この感覚は石を見ていても、感じるようになり、石がメッセージを光と輝きで表している

と感じるようになったのです。それが、今必要としている石なのかを見分けることができる感覚に

変わってきたのです。石を手にすると感覚的に感じるものがあります。これは天然石のみです(笑)


もし、これを読んでいるあなたが、信じるか信じないかは自由です。


このスピリチュアルという言葉は、どうしても言葉では言い表せられないものだからです。


私の感じる世界とは、光と影と、そして見えない力・・・そう宇宙の力をを感じます。


でも私は、預言者でも霊媒師でもありません。そこのところ誤解のないようにお願いします。(笑)



ただ私が思うのは、誰もが幸せになる権利があるのだから、それを手助けしたいだけなのです。







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2012年1月30日月曜日

パワーストーン~石との対話

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パワーストン(石)との対話(メディテーション)をよくするのですが・・・。

かと言って言葉に出して、会話すると言うことではありません(笑)



まず、きれいに手を洗い、手の汚れを取ってから、石を触るようにしています。

(これは、神社などで、まず参拝をする前に、手水で手を洗いますよね、それと同じです。)

そして左手の手のひらに乗せてまず持ち、石がどんなパワー(力)を持っているのかを肌で感じ、

静かに手のひらに乗せてみます。

そうすると、かすかにしびれとか、温かさとか、その石、独特の表情(感情)が現れてきます。



強い力を持っている石は、しびれが強く感じられたり、じわっと温かさを感じたり、逆に冷たく感じ

られたり、その石の特徴を、まず左手の手の中で感じます。


これはブレスレットでも原石でも、まず同じことをします。そうすることにより、どんな石でも反応を

見せてくれます。その次に石の輝きや色、形をじっくりと眺めます。眺めて行くうちに輝く物も出て

きたり、私に反応するように輝く石もあります。



透明度の高い石の場合は、透かしてみたり、日が出ていれば、日に当ててみたり、しかしこれは

光に当てても良い石だけに限りますが、色の有る石でも少しだけ日光に当ててみることがあります


そうすることにより、その石の持っているパワーのようなものを読み取ることができます。


箱に入って送られてきた石はまず、このように私に観察されます(笑)



そして浄化の意味を兼ねて、ホワイトセージを焚きます。浄化された石をさらに左手に持ち、

今度は、右手を添えて包み込むように石を持ちます。

この時にじっくり目を閉じて、この石のパワーを再確認する意味で、石に神経を集中させて優しく

なでてあげます。これが私が石と対話するということなのです。



石は持ち手の意思を受けようとしますから、慣れるまでには時間がかかります。

もちろん直ぐに結果が現れる石もありますが、それは、まれであると考えた方が良いですね。

願を叶えてほしいなどの願い事をする時は、新月まで待ったり、浄化した後にしっかり石と対話

して願い事を石にお願いしたり、持ち手がしっかり石の気持ち(?)を把握するようにすれば

必ず石は答えてくれるはずです。



私が誰かに石を選んであげる時は、持つ人の性格が、どのような石と合うのか、願に効いて

くれそうなのかを、しっかり見極めて、考えてあげることにしています。

石をじっくり眺めていると、石からのメッセージみたいなものを、直感で感じることがあるので、

まず間違い無いと思っています。


これは石のカードや、写真からも感じることができるので、選ぶときには写真でも大丈夫なのです。



しかし、時には、送られてきた石が、がっかり・・・ということもあります。

全く石の感情が無いのか・・・天然石でない場合などの時などがそんな時です。



石には、パワーが強烈なもの、微量にしか感じられないけれど、時間が経てば、ちゃんと答えて

くれそうな石とか、人間にいろいろな性格があるのと同じように、多彩なのです。

だから、しっかり選んで、大事に扱わなければいけないと思うのです。



あなたの部屋で、置き去りになっている石はありませんか?


願を叶えてくれないからと、ほったらかしになっている石はありませんか?




石にはじっくり時間を要するものもあるのですから、しっかり大事にしてあげて下さいね。


そして石に頼るだけではなく、しっかり自分の努力も必要ですから!それをお忘れなく!





.                                             開運ストーンページより






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