2014年3月11日火曜日

生きる希望を捨ててしまわないように~学ぶために!

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いよいよ、この時が来てしまいました・・・。

東京に住む実家の母は、数年前から認知症になり、娘の私を良く分からなくなっていました。

その母が、昨年末、脳梗塞で倒れ、入院してしまい、さらに極度のうつ病になってしまい、食事を

拒否し続けている状態のようです。(生きる気力を完全に失ってしまっている状態です。)

栄養剤を点滴で注入している状態で、しかし、これには限界があるようで、腸に直接管を通し

栄養を注入することを決めなくてはいけないようです。(延命治療のようです。)


介護をしていたのは、実の姉で、母と一緒に暮らしています。

しかし、この姉も、実は、手術が出来ないところの肺に数箇所転移している癌を抱えています。

現在、肺に転移している癌を何とか抑えながら、過去に抗がん剤を3回、昨年は、放射治療も行い

ましたが、効き目はあまりなく、同じく年末には、肺からの出血もしたそうです。

(他にも免疫治療や、濃厚度ビタミンCとやらも試していましたが・・・今ひとつ)又、マカー数値は

上がり始めています。



先週の土曜日の夜中の1時過ぎぐらいから、何かの気配を感じては、何度も振り返る私でしたが

いつものように、何か知らせに来ている・・・見えないものの訪問のようだと感じました。

これは、邪悪なものではなく・・・多分、亡き実父の魂でしょう。

ずっと前から、私の身の回りに起きそうな、危ないことや、予期せぬ自体が起こる前に(1週間~2

週間前)になると、必ず知らせてくれる、見えない黒っぽい影を感じるのですが、その日もそれを

感じたのです。


何度も、その気配を、その夜は感じ、あっ!また何かの知らせだと分かりました。

案の定、その次の日曜日に、姉からのSOSの電話です。

今回は、母のことと、姉自身の事がダブルで重なってしまったため、姉の気力が極限まで下がって

しまって、耐えられない状態のようでした。


ある程度、話を聞き、どんな状況か、把握することが出来ました。

実は、何度もメールで、どんな状況か、姉に問うていたのですが、人間は、不思議と極限まで

気力が落ちると、人との接触を嫌がります。そのため、メールの返信はなく、状況がつかめず・・・

(電話も留守電状態です。)


電話の続きは、あとは、姉の気力を戻させるための、一方的にこちらから話しかけていました。

主治医に見放されかけている・・・姉の極限の気力低下はそのためですから・・・。

主治医のところには、データを聞くことのみで、聞き流すこと、ほかの治療方法を探して、最低

2ヶ所は訪問して話をしっかり聞くこと、そのあと、私が調べた情報も提供し、そこでも問い合わせ

だけはしてみること、まだまだ、やれる治療があることを認識させながら、まだまだ生きる望みを

捨ててはいけないことなどを、話していました。


抗がん剤治療の副作用が、前回がそうとうひどかったので、涙ながらに、もう嫌・・・とつぶやく姉

抗がん剤治療だけが、治療と思っている主治医が、そればかり勧める・・・(4回目)

しかし、その効果も、半年持てばいい方と言われる始末・・・。

もとろん主治医は、自分で経験したことではないので、客観的に話をするだけです。


生きる気力を無くしてしまう・・・そう誰でも感じる話を、平気でする主治医・・・呆れるだけです。


生きる希望を失って気力が衰えれば、病気が勝ってしまいます。


そうならないためには、今できることは、意識を切り替え、生きるための、手立てを考えること

そして、あとは、死という恐怖を無くしてあげること・・・そう、私は、機会を見て話すつもりです。



病気になるということは、もちろん何かを学ぶための試練の一つです。

その為に、考え、行動しながら、成長することは、分かっていながらも、まだまだ、生きる希望を

捨てて欲しくないのが、家族としての願いでもあります。



折しも、今日は3月11日の震災があった日ですが、亡くなった方より、残された人達が背負って

いる、生きる希望の方がはるかに辛いものでしょう。(家族や知人を亡くす悲しみを味わうので)


生きていくことは、つらいことばかりであるように感じますが、私達が、生きているからこその

何かの学びを知ることになるのでしょう。(家族や仲間との愛や絆を感じることも一つです。)


この現世に生まれて来た意味を知るきっかけが、病気や困難なことで、分かって来るのかも

しれません。それこそが、学びなのでしょう。


死後の世界は、素晴らしいものならば・・・

この世での、苦しみは、きっとそのためのものなのかもしれません。

幸せが来る前には、必ず試練を味わうことになっているのですから・・・(宇宙の法則です。)

その試練は、決して乗り越えられないものでは無いはずなのです。

時が立ち、宇宙へと帰る日が来るまでは・・・


今を生きているならば、生きる気力を失わないようにすることが、大事な意識なのだと思います。







※ 私の個人的な内容ですが、このような状況は、決して人ごとではないはずです。
 
人の苦しみにどれだけ寄り添い、元気を取り戻せる力となれるのか・・・
 
そんなことを考えて、私自身に問いただす意味で、この内容を投稿しました。


※ 明日から、しばらくの間、母の様子を見に東京へ行きます。

  すみませんが、しばらくの間、投稿が出来ません。(ホームページも更新を少しお休みします。)








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2014年3月8日土曜日

転勤や新生活~利用する運気と意識の切り替え

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自分の周りの環境を変えて整えていくと、いろいろなことで、運気が変わり、好転していきます。


それは、家の環境であったり、自分自身の、いつも着ている服の色や、服の志向をさします。

また、自分自身の意識を変えることも、重要なことの一つです。


この時期、転勤や新生活を送る人が増えてくる時期で、ひとりの生活になったり、転勤で地域が

変わることも、もちろん、運気が動くことなので、それらを利用して、より良い開運を目指すには

とてもいい時期だと言えるでしょう。(笑)


また、何も変化することが無い状況でも、、今、住んでいる部屋の模様替えをしたり、不要な物を

処分したり、環境を整えることで、これからの運気が変わってくるのです。

もちろん、自分自身の、意識を変えていくことも、もっとも重要です。(笑)



たとえば


行きたくない転勤先を指定されてしまった・・・でも、会社の一員では、「行きたくないので!」と

断ることなど、到底できないでしょう。


この時に、独身者ならば、意識としては、新しい出会いがたくさん出来るチャンスと受け止めると

運気は、その流れに乗って行きます。


既婚者の場合は、家族もいて、もし、子供が大きければ、反対されることもあるでしょう。

しかし、ここで、しっかり、自分の意識を確認する必要が出てきます。


本当に行きたくない場所へ行かなければいけないのなら、この先、この仕事を続けていく意味を

探しながら、自分はどうしたいのかをまず考え、転勤先に行くことを決めたならば、次には、子供の

反対があったとしても、一緒に行くことを、説得する必要があるでしょう。


なぜならば、家族は、やはり、バラバラに過ごす時期と、一緒にいなければいけない時期とあり、

子供が独立して、家族と離れたり、遠い学校を選択した場合以外は、一緒にいることが望ましい

からで、家族がいつも、一緒でなければいけないという意味では、ありません。


環境が変わることは、一つには、その人自身の転機でもあり、家族にとっても転機なのです。

この、転機を、より良い運気に変える為に(本人も家族も)、それ相応の努力が必要でもあり、

その為には、まず、自分の意識をしっかり確認し、前向きに捉える意識をもつ事が重要で、嫌々

ながらに、転勤先に出向いても、会社内での、仕事や人間関係に影響が出てきてしまいます。


そうならない為にも、まずは、自分と向き合い、本当に転勤先に出向く心構えを、はっきりさせる

必要があり、また一度決心できたなら、それを、「やっぱり来なければ良かった・・・」などと、後悔

するような意識を持たない努力も必要でしょう。


そろそろ、慌ただしい時期だからこそ、自分としっかり向き合い、自分の意識をより良く前向きに

変えられる、そんな人には、きっと運気も手伝って、開運へと繋がるものなのです。(笑)







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2014年3月6日木曜日

スピリチュアルに導かれて~たどり着いた本

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お休みしていた1ヶ月間に、たくさんの本を読みました。(笑)

その中で、とても、私の意思に似ている、と感じた方の本を、いろいろ読みました。

どうして、その本を見つけたのかは・・・はっきり覚えていません。(苦笑)


「生きがいの創造」という本で、シリーズでいくつも書かれている本で、飯田史彦さんという方です。

ご本人は、脳出血により、臨死体験をされてから、スピリチュアルに目覚め、科学的な目線から

いろいろなことを検証しながら、自分の役目を悟っていった方で、元は、福島大学の教授であり

本人自らも、震災を経験されている方でもあります。

今は、大学の教授を辞め、独自で、ご自分の使命を果たされている方で、本の内容もそうですが

ご自身の活動にも、感銘を受けました。


本の内容を見て、ほとんどが、うなずける内容で、書いてある内容は、私にとっては、ほとんど

知っていることであったので、特に驚くことはない内容でしたが、それでも自分にびっくりしました。

私がなぜ、そのようなことを事前に知っていたのか・・・いや、その手の本(スピリチュアル系の本)

を読みだしたのは、本当に最近なので、(それも、何かに導かれるように、読みだしたと言うのが

本音です。(苦笑))  でもそれは、確証を得るための行為でもあったように思います。



飯田さんが、本の中でも言っているように、人間には、少なからず、スピリチュアルな感覚を持ち

合わせて生まれて来ているからに、ほかならないからかも知れません。(私もそう思います。)


特に、小さな子供は、自分の生まれた時のことを記憶していたりします。

大人になるにつれ、その能力は衰えてきて、スピリチュアル感覚が鈍ってきてしまうだけで、

私や飯田さんのように、病気や臨死体験から、スピリチュアル感覚が戻ってくる場合があり、自分

の生まれて来た目的や使命を果たす人がいるのです。


日本全国を飛び回りながら、活動をされている飯田さんのようには、私はいきませんが、しかし

人々に伝えるべきことは、本当に共感することばかりで、見習う点が多いと感じた次第です。(苦笑



昨年11月に、亡き父の夢を見たときのことが、鮮明に思い出され、知らない男の人(おじいさん)と

話をしたことが、今だに、何のメッセージであったのか・・・、はっきりとした答えは聞こえてきません

でも、最近ほんの少し、そのメッセージが、分かりかけてきたように、思うこの頃なのです。(笑)

それは、自分で見つけていくことが、課題なのだと思います。


                               ブログ・夢を見た!~心のメッセージ参照


難病を抱えていても、人と寄り添える、そんな人でありたいと、いつも自分に言っている私です。

そうなっていった意識の変化は、ひとりでは成し得なかった事でもあるからです。

だからこそ、人の抱えている悩みに寄り添える人になりたいと、切に思うのです。(微笑)



そして、大事なことは・・・。

誰もが、自分の生まれてきた目的、意味を知りたいと思うはずです。


しかし、まずは、自分の内なる声を聞き、自分自身を確認することが必要なのかもしれません。(笑


飯田史彦さんの「生きがいの創造」には、そんなヒントをくれる本だと思います。






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2014年3月3日月曜日

ひな祭りの思い出~人生の選択

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今日はひな祭りですね!

小さい頃のひな祭りの印象は、あまり良いものではなく、身体が弱かった私は、ひな祭りの日で

さえも風邪をひいで休んでいたりしました。

学校へ行きたくて、泣いていた記憶があります。(笑)


なぜなら、3月3日のひな祭りは、学校の給食に、特別な物が出ることが多く(小さなケーキや

プリンなど)が出ていたからです。

それを食べたくて、ただそれだけで学校へ行きたがっていたような子でしたから!(笑)


病弱な私であり、怪我がとても多かった小学校時代、きっと神様は、私に勉強をさせたくないのか

しら・・・などと考えたことがありました。


怪我も、病気ぐらいに多く、それも頭部を5針、眉間を3針(本当は6~7針予定でした。)

そんな大怪我ばかりしていた私は、もちろん学校へはなかなか行けずに、休んでばかり・・・(苦笑)

好きだった勉強は、だんだんわからなくなり、出来なくなっていった自分でした。(苦笑)


高校生になると、試験の1週間前になると、なぜか風邪をひき熱を出したり、お腹が痛くなったり

これは、今考えると完全に、精神的に勉強を拒否していたようです。(大爆笑)


しかし、この小さな頃の、こういった病気や怪我も、今考えると、偶然そうなってしまったことでは

なく、これも必然的と考えると、今に繋がっているように思います。



私にとっては、勉強よりも、病気や怪我をしたことで、その時どきに、感じたことを学んでいたに

過ぎないのです。(悔しい思いや、勉強への拒否から、何かを学んでいたのかも知れません。)


もちろん、勉強も大切です。しかし、勉強が出来るだけではない人生を、私は選択していたのかも

知れないと考えると、つじつまがあってくるように思います。



3月3日に、学校をお休みして、悔しい思いをしたことをバネに、中学ではスポーツばかりしていて、

これは、無意識に自分の身体を鍛えていたのかも知れません。(バレーボール・バトミントン

創作ダンス等、いろいろやりましたから!)(笑)

この時に、病弱な私が、精神を鍛えられたのかもしれません。

「病気になど負けないぞ!」という意識が、しっかり根付いたのかもしれません。(笑)


自分の人生を、そんな風に振り返ると、今の自分が見えてくる気がします。


身体が弱いというだけでは、悔しい思いや辛い思いばかりでは、嫌だ!と無意識に自分を精神的、

肉体的に、強く高めていたのかも知れません。


人生とは、今、現在(現世)では、過去をやり直すことが出来ないけれど、これからの人生の意識

を変えて行き、修正をしながらの人生は、大いに可能なのです。

そして魂レベルでは、過去に出来なかったことも、それは、また、いつでもやり直しが出来るように

思うのです。(次の違った人生を歩む時に、きっと出来ると思っているからです。)


肉体は、永遠ではないけれど、魂は永遠に生き続ける・・・そう信じている私ですから!(笑)







※ 宗教関係や宗教団体等の関わりは、一切ありません。あくまでも、榊 瑠璃個人の考えです。



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