2012年4月21日土曜日

.            新月に~心の声を聞く

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今日は新月







心の声を聞いてごらん



どんなに心が満たされていなくても

どんなに今が辛くても

心の声はいつも何かを求めていて

心の声はそれをちやんと分かっている




本当の自分は何を求めているのか

何を考え何を思っているのか

心の奥底に隠された真実が

偽りのない本当の自分の心の叫びなのだろう

それが本当の自分の心の声なのだと分かるだろう




人は何かを求めてやまない時でも

どんなに自分を見失ってしまったかに思える時でも


偽りの表情からは想像もできないような心の真実は

本当の心の声として真実を知っている




目をそむけないで!


今の現状はどんなにつらい試練であっても


自分の心の声を聞くことにより

人は立ち直るすべをこの宇宙から受け取っているのだから





心の声はそれを知っているからこそ

そっと自分の内なる心の声に耳を傾け

現実を見るのだと語りかけてくる





本当の自分が見つかった時


きっと本当の心の声を聞くことが出来るだろう





その時初めて人は優しさを取り戻し人とのかかわりにも目を向けられる


本当の自分の心の声を聞くことで


きっと迷いのない何かをつかむきっかけになるだろう








.                                         ~ ポエム 榊 瑠璃 ~












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2012年4月20日金曜日

結婚前にルールを決める!

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6月の花嫁。

ジューンブライド・結婚を目前にしている人もこの時期多いのではないでしょうか?



6月はローマ神話にあるように、女神、守護神のジュノ-の月で、この6月に結婚する人は

幸せになるといわれています。



結婚の形はどうあれ、結婚する男女の約束事は、結婚前にきちっと決めておいた方が良いと

私は常々思っているのですが、なかなか恋愛結婚をする人たちにとっては、聞き流されて

しまいがちです。


しかし結婚する前から2人の結婚生活の決めごとをしておかないと、こんなはずではなかった・・・。

ということにもなりかねません。

甘い恋愛時代とは違い、現実に生活を共にしていくことは、そんなに甘いものはないのです。



たとえばこんなことが・・・。

恋愛ともお見合いとも言えるような2人だったのですが、あれよあれよという間に結婚が決まり

あっという間に結婚してしまったのですが、実は子供を作ることで意見の相違あり、1人目を作る

時には分からなかったと女性側が言っていました。


1人目が出来しばらくして2人目がほしいと考えた彼女は、その旨をご主人に伝えたのですが、

ご主人は子供は1人で良いから、もうほしくないというのです。



彼女は子供が1人ではかわいそうだし、兄弟を作ってあげたいと切に思ったそうです。

もし1人で、もしもの事があれば・・・とそんなことも伝えたそうです。

しかしご主人は、がんとしてもう子供はいらない・・・と言うばかりだったそうです。


そしてもう一つ驚いたことに、子供が出来てお祝いに駆けつけてくれた友達にも、もうあまり

来てほしくないというのです。こんなご主人だと初めて知った彼女は、その時本当にびっくりした

そうです。


男女の意見の相違は恋愛の時にはなかなか分かりずらいもので、こんなはずではなかった・・・。

と結婚して初めて気がつくことも多いのです。



たとえば共働きにしたいのか、子育てはちゃんと分担して手伝ってもらえるのか、趣味が違う

2人ならば休日の過ごし方にもルールを作ることも大事です。



結婚前にそんなこと聞けない・・・と言うあなた!

本当に結婚しても大丈夫ですか?


こんなことが聞けないようでは、結婚して後悔することにもなりかねません。



私など結婚前に、私に(女に)手おあげたら即離婚するから!と言い渡したしておきましたから!(笑)


男が女に手を上げること自体がおかしいと考えていた私ですから・・・(笑)

男と女の力は歴然的に違うのですから!



しかし今は女性の方が強いかもですね!(笑)


失敗しない、結婚生活のためにも、是非2人でしっかり話し合うことが大事なのです!



幸せな結婚生活は、あなた自身にかかっている・・・と言っても過言ではないはずですから!


















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2012年4月17日火曜日

不安からの脱出~石との出会い

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人は悩みがあったり不安を抱えていると、なぜがこれ以上前に進めないのではないかという

入らぬ感情に襲われることがあると思います。



私もこの非結核性抗酸菌症という病気にかかった当初は名も知れない病名に驚き、毎日不安を

抱えていました。治らない病気と知った時のショックは、それはそれは大きかったのは事実です。

さらに悪いことに私の場合は血管が露出しているかもしれない個所が2つもあったことは、

何とも言いようのない不安をさらに増長させたのを昨日のように覚えています。


しかしこの不安は徐々に、これは何かのために私の宿命ともいえる使命なのではと感じるように

なって行ったのです。そこに至るまでは、3年という時間を要しましたが、不安を抱えている自分が

何とも小さく思えて、何とも情けないと気がついたのです。



今までバリバリ頑張っていた仕事を失い、気落ちしたのものの、この非結核性抗酸菌症ですぐに

死んでしまうわけではないし、もっともっと大変な思いを抱えている人がいるのだという思いと、

まだまだ自分に出来る事があるのだろうという思いとで、この不安な気持ちをどうやって撃退して

あげようかとそればかり考えるようになっていました。



それにはあまり時間をかけずにその答えを出すことができました。


この非結核性抗酸菌症とい病気をもっと広く知ってもらいたいという想いと、

誰かの役に立ちたいという思いの2つでした。



今までの講師経験から、人と接する仕事柄いろいろな人との関わりを経験してきた私です。

それにもともとスピリチュアル感性が自分にはあることも、うすうす感じていたのですが、この病気

になり改めてその感性に気ずかされたのです。

この2つを有効に使っていかなければいけないのだと、気づかされたのです。



不安な気持ちを取り除くのは容易なことではありません。しかし一つ一つその不安をクリアして

いく題材を見つけることは出来るのです。


病気の不安であったり、仕事・恋愛・お金・対人関係と不安になるものは人それぞれ違うのですが、

それでも一つずつクリアしていくことは出来るのです。



人の心とは、性格上の問題もありますが、大なり小なり悩み苦しみ不安を募らせることがあるの

ですが、それをどのように克服していくかはちょっとした心の隙間を埋めて行くことで可能なのです。



不安や悩みを克服していくヒントは、必ずその人自身が持っているものなのです。

それを気づけないままにしているから、不安や悩みが増長して行ってしまうのです。



私が不安を克服できた事の一つは石との出会いからでした。


石は人の心を癒してくれるだけではなく、勇気も前に進むべき道も教えてくれます。


そして石との出会いと同じように新たな人との出会いが訪れて、道が開けて行くかのようでした。



そして出会えた人達によって、それはさらなる飛躍へと不安を消してくれる糧になっているのです。











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2012年4月15日日曜日

人の未来設計

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若い頃は考えもしなかった自分が亡くなる時のこと・・・


講師時代の生徒さんの1人だった方と、今も交流があるのですが、その方はゆうに60歳を超えて

いらっしゃるのですが、昨日その方にお会いしてお話をしたのですが・・・。


その方が昨日おしゃった事は、「遺産はどこまでの血縁が受け取れるのでしょう」というのです。

もちろん私はその道のプロではないので、知っている知識でのお話をしたのですが、その知人は

自分には、近い血縁関係が皆もう亡くなっているので、自分の事を何らかの形できちっと意思表示

をしておかなければいけないのでしょう・・・とおっしゃるのです。



それは遺言とい事を指していることは明快なのですが、お話をうかがっている間、自分の遠い

血縁関係の中に、嫌な人もいるので、その方に行くのは耐えがたい・・・という内容でした。



その知人は一番近い血縁関係にある方々が亡くなっているので、先々の事を心配されて、そのよう

にお話しされたようですが、まだまだ60歳過ぎ・・そんなことを考えることは早いととは思いましたが

親兄弟もいない自分には、やはり先々のことを考えておく必要があるのだというのです。



今は甥っ子のお嫁さんが近くに住んでいらっしゃるので、何かと頼る事が多いそうですが、実は

血縁のある甥っ子さんは病気で早くに亡くなっていて・・・言うなれば赤の他人のその甥っ子の

お嫁さんに世話になっているとのことなのです。


こういう問題は実際に関わっている人にしか分からない感情の表れがあります。


知人は、その甥っ子さんのお嫁さんには、金銭的な面からも援助をしたりしているようですが

自分が病気の時は、こちらから頼まなければ、「大丈夫?」と声を掛けてこない・・・というのです

もちろんこちらからいろいろ言って手伝ったりしてもらうことも多いようですが・・・


人はどうしても自分が1人と感じてしまうと、さみしさからも手伝って何かをしてあげるかわりにと

見返りを求めてしまうのです。


本来は人に何かを尽くす時、見返りは求めないようにする方がいいのですが、そこは人間の

儚い感情がてつだって、これだけしてあげたのだから、このぐらいはしてほしい・・・と見返りを

求めてしまうのです。それはいかし方ないことなのですが、(私たちは仏様ではないのですから・・)

しかし見返りを求めて何かをすると、人はなぜか傷つく感情に襲われてしまうのです。



これは煩悩がない限りついて回る感情なのです。そこをいかに自分の感情が傷つかないように

人と接していけるかは、やはり自分の努力でしか解決は出来ないのです。



頼る人が近くにいない知人にはそのお嫁さんが唯一の頼り所ならばそれを基本に考え、どんな時

も最後までそのお嫁さんに看取ってもらうだけの覚悟を、こちらもしていかなければ、信頼関係も

気薄になりなかなか良い関係にはならないと思うのです。


見返りを求めない奉仕とは、なかなかできるものではありません。きれい事を言っていても、どこか

赤の他人という枠を超えることは難しいでしょう。

血縁関係があってもうまくいかないケースもたくさんあるのですから・・・。




もちろん先々の事を考えていろいろ準備するのもいいでしょう。しかしそこにいたるまでは、打算の

ない人付き合いを心がけて人を信じて行くことこそが、信頼関係を築いていく基本となるように思い

ます。人に依存しない、見返りを求めない、そんな心を持っていなければ自分が傷つくのですから!



最近病気がちのその知人は少し気弱になっているのでしょうが・・・まだまだ頑張れる!と気持ち

だけはいつまでも持っていてほしいものです。


先のことは誰にも、どうなるかなどとは、分からないからこそ準備をしたい気持ちも分かります。


けれど今生きている自分と、人との関わりを大事に生きて行く方が大事なのではないでしょうか?















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