2011年9月17日土曜日
注目を集めるパワーストンの効果
心と身体が要求している石(パワーストン)というのがあります。
その時の体調や、心の悩みから必要な石がどれであるか見極めることが出来るのです。
本来パワーストン(石)は長年の歳月をへて私達の目の前にやって来るのですから、そのパワー
は計り知れないものがあるのです。
そのパワーストンをうまく利用して、心の悩みだったり、病気に役立てる研究も進んできています。
光には大まかに分けて9つの光線に分けられています。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫からなる可視
光線と赤外線、紫外線の二つの不可視光線です。
それぞれ心身を補う光線として、パワーストンの光線が注目を集めているのです。
これは医師、哲学者でもあったベノイトシュ・バッタチャリア博士によって実際に開発・確立された
宝石光線療法なのです。
パワーストーンの持つ力と、光線の力によって地球上に住むあらゆる生物は、その光のエネルギー
をバランス良く取り入れることによって生命活動を営んでいるのです。
私も病気をしてから水晶にはまりました。身体が自然と補していたのでしょう。身体の毒素などを
自然と外に出したいと、無意識に感じ取っていたのかもしれません 。
(水晶は身体の中の毒素の排出を促します。)
たとえば・・・。
自分の経験から、出血をした時に血液を凝固させる血小板の元となる、細胞の産生を促す
カーネリアンが無性に目にとまり欲しくなったり・・・。
アレルギー体質の私が次に補したのは、慢性の呼吸器疾患や肺炎などに効果的なフローライトを
手にしていました。
また精神的作用ではラビスラズリは強い意志で自らをコントロールするという石で、決めた事をやり
通す意思を授けてくれる石でもあり、私の名まえと同じ瑠璃色とも言われ私には必要な石なのです。
(守護石でもあります。)
このように、人にはその時々に必要な石があり、その石の持つ光線によって良い方向に身体が
改善されて行くということも、立証されてきているのです。
ただ見た目の石の色とは、異なる光線を発する石もあるのです。
このお話はまたの機会にしたいと思います。
石の力を発揮させるには、今どのような石が自分には必要なのか見極めが大事なのです。
直感的に何か感じるものであれば、それは身体が補しているパワーストンなのかも知れません。
上手に選んで正しく使いこなしたパワーストンは必ずあなたに良い影響を授けてくれることでしょう。
2011年9月16日金曜日
さらなる可能性を求めて!
明日から自分の可能性を探しに旅に出ます!
なぁ~んて言うとすごくカッコいいのですが・・・(笑)
占星術での私のプログレスの月が、下降ハウスにいる私は病気をしてから、なかなか家から
出られず、人と会うのもおっくうになったり、出かけていく気力がなくなってきてはいたのですが・・・。
それはその月の影響もあり、自分では納得して家にいることが多くなっていたのです。
しかし、やぎ座に天体が多い私は、何かしらじっとしていられなく、いつも何かを探し求めている
性格なのです。病気で喀血を繰り返しても、いつも先にいる自分を見つめていたいというか・・・。
まだまだ私の中に何かできる可能性があるのではないかと、いつも模索しているのです。
そんな時お世話になっている先生に勉強会のお知らせを頂き、やっと重たい腰を上げることが
できたので、明日から東京に行ってきます。
人生は、年を取ってもいつも前進して上を目指すべきと思っている私なので、やはり病気を理由に
その歩みを止めることはできないのです。自分に甘えていては何も出来ないし、自分の可能性を
小さいものに終わらせないために頑張りたいのです。
病気を抱えているからと臆病になりたくない・・・と自分に奮起したいのです。
この病気で、すぐに死んでしまうことは無いので、まだまだ自分で出来ること、やりたいことを
どんどんやって行こうと思います。
それでも身体は、思うように動いてくれませんが・・・。そこは気力で頑張るしかないのです!
まだまだ、ひと花・・・ならぬ大輪の花を咲かせたいと思っているのです。
いつも同じですが・・・(笑) まだまだ頑張ります! 榊 瑠璃です!よろしくです!(笑)
*
なぁ~んて言うとすごくカッコいいのですが・・・(笑)
占星術での私のプログレスの月が、下降ハウスにいる私は病気をしてから、なかなか家から
出られず、人と会うのもおっくうになったり、出かけていく気力がなくなってきてはいたのですが・・・。
それはその月の影響もあり、自分では納得して家にいることが多くなっていたのです。
しかし、やぎ座に天体が多い私は、何かしらじっとしていられなく、いつも何かを探し求めている
性格なのです。病気で喀血を繰り返しても、いつも先にいる自分を見つめていたいというか・・・。
まだまだ私の中に何かできる可能性があるのではないかと、いつも模索しているのです。
そんな時お世話になっている先生に勉強会のお知らせを頂き、やっと重たい腰を上げることが
できたので、明日から東京に行ってきます。
人生は、年を取ってもいつも前進して上を目指すべきと思っている私なので、やはり病気を理由に
その歩みを止めることはできないのです。自分に甘えていては何も出来ないし、自分の可能性を
小さいものに終わらせないために頑張りたいのです。
病気を抱えているからと臆病になりたくない・・・と自分に奮起したいのです。
この病気で、すぐに死んでしまうことは無いので、まだまだ自分で出来ること、やりたいことを
どんどんやって行こうと思います。
それでも身体は、思うように動いてくれませんが・・・。そこは気力で頑張るしかないのです!
まだまだ、ひと花・・・ならぬ大輪の花を咲かせたいと思っているのです。
いつも同じですが・・・(笑) まだまだ頑張ります! 榊 瑠璃です!よろしくです!(笑)
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2011年9月14日水曜日
父と子の歩み寄り
どこの家でも父親というものは、一緒に生活していても、なかなか子供の事が分かりづらいようで
成人してしまった子供には、特に距離ができてしまうことが多いのか、子供に対して少しぎこちなく
なってしまいがちのようです。
特に同性の息子となると、お互いに仕事を抱え、いろいろな経験をしていく上で、子供は父親を少し
ずつ理解していき、また父親は、たまに息子とじっくり話せる機会があると、とても嬉しいようです。
小さい頃の娘には、父親は可愛がり過ぎてしまう傾向があり、中学生ぐらいになると父親の方が
妙に意識しだして、こちらも何となくぎこちなくなるようです。
しかし小さい時から子育てに熱心な父親でも、子供の成長と共に一時期は必ず距離を置かれる
ようで、ここは母親との違いが出るようです。
母親はやはり、自分のお腹から生まれた絆が強く、子供との接触が多い分、新密度が父親とは
違ってくるようです。
しかしそこは親子、何か悩みがある子供は、どこかで父親に頼っていくことがあり、時間とともに
大人になっていき、父親の存在を再確認し、家の中での重要性に気づき、子供自身がまた歩み
寄って行くことがあるようです。
そのためにも父親の歩む道は、子供には大きく影響していくので、子供に対しても家の中の父親
という存在は大切でもあるので、父親の自覚もさることながら、大人としての振る舞を問われるのか
も知れません。
しかしそうは言っても、父親も人間ですから、羽目を外す姿や失態もありでしょう。
完璧な父親は、どこか人間臭さがなく、反対に子供に敬遠されてしまうかもしれません。
自然体で子供と接する事ができ、少しでも距離をちじめる事ができればそれが一番良いのでしょう
理想を掲げればきりがないけれど、そこは親子、どちらからも歩み寄れる関係であればそれが
父親にとっても子供にとっても良いことなのでしょうね。
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成人してしまった子供には、特に距離ができてしまうことが多いのか、子供に対して少しぎこちなく
なってしまいがちのようです。
特に同性の息子となると、お互いに仕事を抱え、いろいろな経験をしていく上で、子供は父親を少し
ずつ理解していき、また父親は、たまに息子とじっくり話せる機会があると、とても嬉しいようです。
小さい頃の娘には、父親は可愛がり過ぎてしまう傾向があり、中学生ぐらいになると父親の方が
妙に意識しだして、こちらも何となくぎこちなくなるようです。
しかし小さい時から子育てに熱心な父親でも、子供の成長と共に一時期は必ず距離を置かれる
ようで、ここは母親との違いが出るようです。
母親はやはり、自分のお腹から生まれた絆が強く、子供との接触が多い分、新密度が父親とは
違ってくるようです。
しかしそこは親子、何か悩みがある子供は、どこかで父親に頼っていくことがあり、時間とともに
大人になっていき、父親の存在を再確認し、家の中での重要性に気づき、子供自身がまた歩み
寄って行くことがあるようです。
そのためにも父親の歩む道は、子供には大きく影響していくので、子供に対しても家の中の父親
という存在は大切でもあるので、父親の自覚もさることながら、大人としての振る舞を問われるのか
も知れません。
しかしそうは言っても、父親も人間ですから、羽目を外す姿や失態もありでしょう。
完璧な父親は、どこか人間臭さがなく、反対に子供に敬遠されてしまうかもしれません。
自然体で子供と接する事ができ、少しでも距離をちじめる事ができればそれが一番良いのでしょう
理想を掲げればきりがないけれど、そこは親子、どちらからも歩み寄れる関係であればそれが
父親にとっても子供にとっても良いことなのでしょうね。
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2011年9月13日火曜日
直感で出会ったレインボー水晶
あるサイトでファイヤ-レインボー入という水晶を見つけました。
直径110ミリの丸玉水晶です。透明度も高く中には怪しげに映る虹がくっきり出ていて
一目で気に入りました。しかし100ミリ以上の水晶はとても高く20万越えです。
知り合いのところにも、100ミリ越えの水晶が置いてあるのですが、その水晶は最初は、どす黒く
透明度なるものは、程遠かったのですが、神棚に飾って置いていたせいか、今では、光輝き虹を
見ることができます。水晶はその家の気を浄化して持ち主の意思を受けていきます。
そうするとみるみるうちに水晶の輝きは、日増しに変化していきます。角度を変えることなく、置き
場所も変えていないのに、いつも見る色合いが違って来るのです。日々変化しているように思える
のです。大きいものになればなるほど、その変化は大きく見てとれます。
水晶の中の光と虹を見るのが大好きな私にとっては、とても魅力的な水晶を見つけてしまいました。
水晶も石を選ぶ時も、とにかく、まず直感でピンと来たものは、まず間違いありません。
自分がその波動にフィットしてしまうのですから・・・。
迷った石には、必ず何かがあり思惑を秘めた結果になります。
虹には光の世界と繋がっていると言われているので、自分の気持ちも穏やかになり直感力も
磨かれていくので、水晶やレインボー水晶は自分との瞑想などにはとても効果的なのです。
まだまだ100ミリ越えの水晶を手にすることはできませんが、なかなか100ミリ越えでも気に入った
ものにお目にかかることは、まれなのです。
石との出会いは本当に縁のものなので、どうする事もできませんが・・・。
きっといつかは、手に入れたいと思う100ミリ越えのレインボー水晶なのです。(笑)
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直径110ミリの丸玉水晶です。透明度も高く中には怪しげに映る虹がくっきり出ていて
一目で気に入りました。しかし100ミリ以上の水晶はとても高く20万越えです。
知り合いのところにも、100ミリ越えの水晶が置いてあるのですが、その水晶は最初は、どす黒く
透明度なるものは、程遠かったのですが、神棚に飾って置いていたせいか、今では、光輝き虹を
見ることができます。水晶はその家の気を浄化して持ち主の意思を受けていきます。
そうするとみるみるうちに水晶の輝きは、日増しに変化していきます。角度を変えることなく、置き
場所も変えていないのに、いつも見る色合いが違って来るのです。日々変化しているように思える
のです。大きいものになればなるほど、その変化は大きく見てとれます。
水晶の中の光と虹を見るのが大好きな私にとっては、とても魅力的な水晶を見つけてしまいました。
水晶も石を選ぶ時も、とにかく、まず直感でピンと来たものは、まず間違いありません。
自分がその波動にフィットしてしまうのですから・・・。
迷った石には、必ず何かがあり思惑を秘めた結果になります。
虹には光の世界と繋がっていると言われているので、自分の気持ちも穏やかになり直感力も
磨かれていくので、水晶やレインボー水晶は自分との瞑想などにはとても効果的なのです。
まだまだ100ミリ越えの水晶を手にすることはできませんが、なかなか100ミリ越えでも気に入った
ものにお目にかかることは、まれなのです。
石との出会いは本当に縁のものなので、どうする事もできませんが・・・。
きっといつかは、手に入れたいと思う100ミリ越えのレインボー水晶なのです。(笑)
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